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2015-01-28 02:05    プラダ財布定価
 佃煮《つくだに》とシチューと飼犬と    ——安吾夫人の愛情——  映画やテレビに出てくる小説家というものは、どうにもサマにならぬことになっているようだ。これは演出や、俳優の演技力のせいもあろうけれど、じつはもっと本質的なところで小説家というものは映像にはなりにくい存在なのかもしれない。生活の外見と人間的な内容とが、本当はピタリと一致しているはずなのだけれど、どこでどう一致しているかが、なかなかウマく捉《とら》えることが出来ないらしい。 『クラクラ日記』も、やはりそうだ。若尾|文子《あやこ》が坂口安吾夫人の三千代さんとまるで別人であっても、それはアタリマエであり、何ということもないが、藤岡|琢也《たくや》が安吾さんと似て非なる人物を演じていると、これは明らかに鑑賞上の障害になるのである。藤岡琢也は役者として決して悪くはないし、私は彼が何とかいうドラマで車引きの役をやっているのをみて感心させられたものだが、『クラクラ日記』の藤岡は車引きが小説家に成り上ったというふうにも見えない。要するに小説家というガラには見えないだけなのだが、さて小説家とはいかなるガラであるか、と訊《き》かれても答えようがない。ただ一箇所、私が素直にあのドラマに入りこめて面白かったのは、犬の葬式の場面である。  人間の医者である志村|喬《たかし》が、犬の墓標に向って弔辞を述べ、それを藤岡、若尾の夫婦が傍で沈鬱《ちんうつ》な表情で立っているあの場面は、おそらく実際の場景とはカケ違った、脚色をうんときかせたものであろうが、あのシーンには一種架空な真実ともいうべきものが、ちゃんと出ているように感じられた。  安吾さんを桐生《きりゆう》のお宅にたずねて、巨大なコリーが座敷の中をノソノソと徘徊《はいかい》していたのに驚かされたことは前にも述べたが、犬を飼い出したのは安吾さん夫妻が、あの家へ移る前、伊東ではじめて一軒の独立家屋に住まわれたころのことらしい。 ≪我が家で犬を飼うことを提案したのは私で、そのために相当な苦労をさせられる結果になった。それを少しも予測しなかったのは大変なあやまりだった。代々の犬達は、みんな私に大きな重荷を負わせ、それは坂口が亡《な》くなるまで続いた。私には赤ん坊の頃から犬と共に育った記憶があって、少し生活が落ちついてくると、犬のいないのがものたりなくなる≫(『クラクラ日記』)  というのを読んで、私は妙にホロリとさせられた。ここには小説家の女房というものの何とも言えない空虚さが、じつにアザヤカに汲《く》みとれるところがあったからである。  断わっておくが、これはあくまでも私自身の感想であって、三千代夫人が安吾さんとの結婚生活をどうおもっていたかということではない。坂口安吾が�戦後�そのものの人物であったとすれば、三千代夫人は安吾氏との結婚で人の二倍も戦後を体験してきたことになり、その数年間の生活が彼女にとって、いかに大きく決定的な事実となって残っているかは『クラクラ日記』を読めばわかるとおりである。はやい話が、この三百何十ページもの自伝随筆も、彼女自身の文才もさることながら、安吾氏との生活が日常茶飯の間に彼女にあたえた感情教育のたまものであって、それだけでも三千代夫人にとって安吾氏との結婚生活は空虚どころのものではなかったことは、たしかである。  しかし、それにもかかわらず『クラクラ日記』を読むと、私は一般の小説家の女房というものが日々、いかに大きな空白感に悩まされているかを考えずにはいられなかった。——いうまでもなく小説家は小説を書いているから小説家なのであって、ものを書いていないときには、どんな文豪もただのデクの坊であるに過ぎない。ゲーテが死ぬときに、 「もっと光を」  と言ったというのが本当だとしても、そのコトバに深遠なる意味ありげな響きを感じるのは、あきらかに後世のわれわれがゲーテという名前で、それを文学として受け取っているせいである。だから藤岡琢也ならずとも、どんな名代《なだい》の役者でも、白いツケ鬚《ひげ》などつけた顔を、やおらもたげてベッドの中から、 「おお、もっと光を……」  と一と声、高らかに呼ばわりながら、両手で虚空を掻《か》きむしるしぐさなどあって、白髪頭《しらがあたま》をガックリさせたりすれば、それは滑稽《こつけい》なものにならざるを得ない。この滑稽感は、何も役者のオモイイレやセリフ廻しの巧拙からくるものではない。どんなにウマく演じられようと、舞台の上のゲーテはナマ身の人間のゲーテであるから、そのゲーテに「もっと光を」とやられると、日常会話のセリフの中から詩人のゲーテがいきなり飛び出してきて、とたんに舞台の上でゲーテに扮《ふん》した役者は、カツラとツケ鬚のゲーテ爺《じい》さんになってしまう。ということは、つまり役者が文士になりきれないのは、役者のせいではなくて、見物人の中にある�文学�が劇というフィクションと相容《あいい》れないためである。